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 ひとりの男が新芸術校にやって来た。男は常に非常事態に備えていた。いつもカジュアルな喪服を着ていた。場違いな服装は雑居ビルのエレベーターを昇った。ハッとした。香典袋を忘れたのだ。受付で赤面していた刹那、鍵の閉まる音。閉じ込められた。青息吐息。しかし男はホッとした。男は避難して来たのだ。避難しない者たちから。鈍感、生温い風、居心地良さ、不甲斐無さから。ああ、これで安全だ。外は危険だ。中は平安だ。男は平安なシェルターでくつろぐ。壇上ではカジュアルな袈裟の主任講師がお経を唱えている。よく聞くと現代美術について語っている。饒舌に。参列者も大勢いた。

 秋山佑太が新芸術校にやって来た。秋山は建物に感情移入する。通常、建物は人間のコントロール下にある。その支配から解き放ち、建物が生き生きとする姿を理想として追求している。「建築」として達成しえないことを、美術の枠の中で表現したい。建築界から美術を盗みに来た。自分の表現を言葉で伝えるスキルを盗みに来た。新芸術校にあるものを盗めるだけ盗もうとしていた。ただし、秋山は極めて優秀な仕事をする。盗人にしては目立ちすぎる。

 五十嵐大輔が新芸術校にやって来た。そもそもは美術を学びに美大に行った。デザインを教えられた。デザイン科だったのだ。五十嵐は気にしなかった。卒業して働いた。美術とは全然関係が無くなった。別に構わなかった。働いていればどうにかなると思った。働いていれば何者かになれるかと思った。働いた。働いたが何者にもなれなかった。みんなどうやって生活しているのだろうか?五十嵐の言葉はたいてい通じない。何を言っているのか分からない。五十嵐の口からは幽霊が出てくる。みんなの口からは常識が出てくる。どちらも実体がない。五十嵐は思春期の頃から自殺について考えていた。10年前に父親が自殺した。五十嵐は自殺について考えるのをやめた。幽霊は会いに来てくれなかったから!幽霊が見える眼鏡が欲しくって、新芸術校に通うことにした☆

 石野平四郎が新芸術校にやって来た。黒瀬陽平に会いに来た。石野はこれまで現代美術家の皮を被った造形作家だった。造形作家は手癖と感覚だけでものをつくる。しかし、それだけでは彼は退屈で飽き足りなかった。親しい造形作家仲間には悪いが、このまま造形作家に留まっているつもりはない。石野は「真・美術家育成サイクル」によって真の美術家になろうとする。真の美術家としての命題を言語化するため、黒瀬が必要だった。

 磯村暖が新芸術校にやって来た。磯村に新芸術校へ来た理由を尋ねる。磯村は答えない。代わりに犬の話ばかりする。「犬が生まれるときに、意外と膜がこう、張ってて、ぷりんと出てきて……」。ついに、磯村の口からここへ来た理由を聞くことはできなかった。「我こそが現代美術の、そして新芸術校の犬である」と言いたかったのかもしれない。

 伊藤允彦が新芸術校にやって来た。伊藤は土木の技術者だ。土木は作品ではない。土木にはサインもキャプションもない。匿名で顔が見えない。思想を持たない。本当にそうか? それでいいのか? 彼は左手に美術を持つことにした。そして、美術と土木でジャグリングを始めた。伊藤は休日ピエロでもある。土木が本来的に持つ思想をイメージとして伝えるため、美術家に道化することにした。

 今井久子が新芸術校にやって来た。作品をつくる場所だとも知らずに。第1期生の弓指寛治が勝ち取った、on Sundaysでの個展で新芸術校を知る。えー、これが優秀賞なんだ。でも、弓指という人物は面白い。作品も面白い。行こう。即決した。ゲンロンなんて知らない。黒瀬の言うことは全然分からない。それでも講師陣の話は聞いてみたい。

 遠藤蘭子が新芸術校にやって来た。現代美術のあり方を知りたくて来た。つくることは好きだった。作家を志すようになったのは、つい最近のこと。病気がきっかけで、「好きなことをしたい。作家になろう」と決意。2期までしかないなんて言うから、完治を待たずに焦って入学した(というのに、結局、来期も開講されるそうです)。後悔はしていない、そうです。今のところ。

 甲斐千香子が新芸術校にやって来た。甲斐は自身も作家活動をしながら中野でギャラリーを運営している。いつしか制作の様式が凝り固まり、制作意義を見出せなくなっていた。新たな表現のきっかけが欲しかった。甲斐の描く日本画はあまりに美しい。一度くらい、現代美術に汚される必要がある。

 小早川太子が新芸術校にやって来た。小早川は言った。「黒瀬は言った。『売れなくてもモノつくれりゃいい、とかほざいていても、世界はおれに興味がない、ということを作家は意識せずにはいられない』『その意識は作品に出る』『作品は嘘をつかない』。世界がおれに興味がなくても、おれは世界に興味がある。届かない片想いをだからおれは造形する。世界をホテルに誘うこと。時代を欲情させること。それはベルサイユで白人にチヤホヤされるということではない。アレッポで、白リン弾に爛れた目蓋のおく、瞑る目のなかに、むかし母さんが使っていたお洒落な化粧台の鏡のふちに描かれていた、風に揺れる鈴蘭の姿を蘇らせるということだ」。小早川は思想を語りすぎ、自らの素性を語らなすぎる。彼からこんなに人間味あふれる発言が聞けるのは、おそらく、これが最初で最後だろう。

 小林太陽が新芸術校にやって来た。藁にもすがる思いでやって来た。もはや現代人は文字を読まないですし〜。文字を読んでも動かされないですし〜。自分が何とかしなくては。小林は立ち上がった。ただし、彼には何をどう動かしたいという目的はない。そこで、手軽に学べる場として新芸術校を選んだという。小林はおおかた、「手軽」という言葉の意味を知らない。大学3年生、21歳。若き彼に目的など必要ない。ただ、やむにやまれぬ衝動がある。作家になるのも、ワンチャンあり。個展デビュー? ワンチャンありっしょ。

 Saito Kenjiが新芸術校にやって来た。頭に帽子を乗せたこの男は、高校の部活動で美術と出会う。が、以後、しばらく美術を迂回する。大学を卒業して、フィギュア販売、グラフィックデザイナー、プログラマーなどの道草を社会経験と呼んだ。寄り道しているあいだに、美術は「危機」に陥っていた。彼は美術を見殺しにできない。こうしてSaitoは、実に15年ぶりに再び美術の世界へプレイヤーとして舞い戻ってきた。さあ、見殺しにされるのはどっちだ?

 佐藤碧紗が新芸術校にやって来た。佐藤は運命がいたずらして美大に入学した。美術を学べば学ぶほど馬鹿になった。馬鹿のまま卒業した。馬鹿になってから1年、混乱と絶望の最中、新芸術校を見つけた。カオス*ラウンジ怖い。ゲンロン難しい。それでも。美術に対する行き詰まりはいつしか人生の行き詰まりにまで発展した。来るしかなかった。私は馬鹿だし。

 下山由貴が新芸術校にやって来た。人との出会いに期待して。面白そうだから、好奇心に任せて、「いっちょやったるか」と勢いで飛び込んだ。そこにどんなに社会的に正しいメッセージが込められていても、アートは暴力性を孕む。下山は、この美術の持つアンビバレントさに惚れ込んでいる。周囲は下山がいっちょかましてくれるのを、今か今かと待っている。下山の暴力を待ちに待っている。暴力で惚れさせてくれ。

 じょいともが新芸術校にやって来た。じょいともの似顔絵がプリントされたTシャツを着て、じょいともの顔写真に紐を通したスニーカーを履いている。終いには「じょいともうちわ」を配り出す始末。それでも、じょいともは自分は作家ではないと言い張る。技術者として生計を立てながら、独学でキュレーターとして活動してきた。じょいともはキュレーターとして先に進もうとしている。なぜか全身で自身の顔をアピールしながら。

 菅谷一貴が新芸術校にやって来た。大学は油絵学科だった。描く技術は学べたが、コンセプトの話は一切出てこなかった。憧れのH.R.Gigerのように世界観を突き詰めてさえいけばアーティストは評価されるものかと思っていた。あるとき、どうやらそうではないと気づく。美大教育には絶望した。彼は「いい絵」ではなく「現代美術」をつくりたい。現代美術のつくり方を学びにここへ来た。ただ、現代美術のつくり方を人から教われるという考えが、そもそも間違いなのかもしれない。

 タゴチャンが新芸術校にやって来た。現在、東京藝術大学大学院でグローバルアートプラクティス専攻に所属している。新芸術校には国内の現代美術について学ぶために来た。グローバルな場でアートをプラクティスするタゴチャンがこの世界の片隅にあるシェルターへわざわざやって来てくださるというのはどういうことか、グローバルな方々は真剣に考えるべきだと思う。

 中村紗千が新芸術校にやって来た。ドイツ留学中に新芸術校の存在を知った。日本人として美術をするとはどういうことなのか、考えるために来た。ワタリウムでの個展デビューも決め手だった。中村は闘志を隠さない。我々の闘志を一手に担い全力で代表する。成果展は、中村に喰うか喰われるかの戦いでもある。

 長谷川晧大が新芸術校にやって来た。長谷川はダンボールを身に纏っている。彼はダンボール人間なのだ。街へ出てパフォーマンスをする。「逆サイン会」と称しダンボールにサインを集める。ダンボール人間はダンボールを被ることに理由が欲しくて新芸術校へ来た。つまり、これまでは、大して訳もなく被ってきた。長谷川のフェチはアートに変換されようとしている。

 北條奈美が新芸術校にやって来た。北條は争いごとを好まない。人と自然、人と人が調和を持って生きていける世界をつくりたい。そのために芸術を使う。夢見る少女と笑うやつは痛い目を見る。北條は理想とする世界の実現を目指し精力的に活動してきた。その可憐な容姿からは想像できないほどに、力強く。

 森山亜希が新芸術校にやって来た。十分すぎるほどの武器を携えて。誰もが認める写実の技術。ジェンダー、セクシュアリティという確固たるテーマ。それを表現するドールというモチーフ。これ以上、何が必要なのか。ノイズだ。森山は自己の世界の追求だけではなく、アーティストとして社会と関わりノイズに晒されることを選んだ。ノイズとはあなたたちのことです。ノイズのみなさん、こんばんは。

 Yaunkur Sekineが新芸術校にやって来た。職業はフォトグラファー。「写真が芸術と離れて存在を許された時代は終焉を迎えた。写真が芸術に呑まれるか、芸術が写真により変質するか、真実に最も近いという虚構が白日の下に晒され形骸化したいま、次の表現の欠片はこの地平でのみ輝く」。Yaunkurの目に他の新芸術校生は映っていない。他人と戦う気はない。ただただ、写真家として芸術と闘う。キャリアや評価はすでに手許にある。そんなものはくれてやる。

 安本啓希が新芸術校にやって来た。続けられるか怪しいバンド活動の代わりに、安本はメディアアートをやることにした。絵も立体もやったことはない。が、プログラミングならできる。大胆に方向転換することにした。メディアアートは彼の新しい武器になるのか。ここから、安本啓希のプレイヤーとしての人生が始まるはずだ。

 Yuka Watanabeが新芸術校にやって来た。Watanabeはアートをみることが大好きだ。しかし、これまで専門的に学んだことはなかった。東浩紀のツイッターで新芸術校の存在を知る。講師陣もプログラムも充実している。素晴らしい。受講を決意する。Watanabeはつくる楽しさ、学ぶ喜びに満ちた朗らかな笑みをたたえてシェルターに乗り込んできた。これには、さすがの黒瀬陽平も眩しそうに目を細めている。

 吉田無能が新芸術校にやって来た。彼は、「堕落生まれの熱き漆黒の魂を人に届ける音楽」を制作している。批評再生塾へ通う友人に新芸術校を紹介された。音楽活動をする上でのコンセプトを得るため、美術を学ぶことにした。無能なりに頑張る、なんて甘い。甘すぎる。無能は無能であり続ける。無能であり続けるためにも努力が必要だ。吉田は無能を高らかに宣言し、さらなる無能の高みを目指す。

 よひえ・よひえが新芸術校にやって来た。自分のつくり出すものを検証するために。4年前にアクセサリー造形作家から絵画に転向。美大の通信教育課程を卒業した。転向先で、今まさに迷走している。家族から受講を進められ、迷走ついでに飛び込んだ。時に暖かく、時に痛烈に母性を振りかざす。振りかざしながら迷走も続く。新芸術校、自称最年長。将来の夢は画家。

 黒瀬陽平が新芸術校にやって来た。黒瀬は「危機」に陥っていた。現代美術の危機、美術批評の危機、美術教育の危機……そういった危機のただなかから新しい芸術を立ち上げることを目的とした新芸術校の、存続の危機。だから黒瀬はお経を唱えていた。危機に背と腹を向けて。そこに大勢の参列者が訪れた。参列者は新芸術校存続の危機を救った。新芸術校第2期生として密室を作った。しかし、黒瀬は危機に陥ったままだった。「新芸術校は、ユートピアでもアジールでもない。わたしたちの外側と内側、どちらにも存在する危機と向き合う場所である。それは精神論ではない。」黒瀬は競争原理を取り入れた。直接行動を待ち望んだ。それは確かに必要だった。密室のシェルターには不穏な空気が立ち込めた。

 こんなはずじゃなかった。男は言った。そんなつもりじゃなかった。男とみんなは現代美術について語り合ってトランプをしてモノポリーをした。それから欠伸をした。シェルターは退屈になった。密室から平安は逃げ出してしまった。密室の中には現代美術が充満してしまった。男は白河夜船。授業中の校庭に一匹の野良犬が現れるのを待っていた。得体の知れないマレビトを。

(文・五十嵐大輔 佐藤碧紗)

密室のなかの直接行動ハプニング

新芸術校という新しい現代美術の実験も2年目に入り、再びその「成果」を世に問うことになる。新芸術校第2期が過ごした2016年は、なによりもまずこの世界が、この現実そのものが、度重なる「事件」の連続によって動いていた。Brexitからアメリカ大統領選の顛末を、人々が「ポスト真実」という流行語によってなんとか状況を呑み込もうとしていた矢先、トルコ、ドイツ、スイスで立て続けに起こったテロが、「ポスト真実」などという悠長な現状分析を粉砕した。おそらく21世紀のなかでも大きな転換点であったと語り継がれるだろう2016年という「事件」の年に、現代美術は蚊帳の外に置かれたままだった。

新芸術校第2期もまた、あまりにも激しく揺れ動く現実に対して、その「内部」においてではなく、「外部」で「事件」を起こしていた。たとえば2016年の12月、第2期生の秋山佑太やじょいともら数人が中心メンバーとなって開催した『BARRACKOUT』展は、オルタナティブスペースを用いた若手のグループ展として新たな方向性を示し、1ヶ月で約1000人の入場者が訪れる話題の展示となった。『BARRACKOUT』展では、新芸術校で学んだオルタナティブ・アートのメソッド(すなわちカオス*ラウンジのメソッド)を応用して、いささかフライング気味に、国内のアートシーンに直接介入することを企てたのである。

さてそれでは、第2期の成果展は「内部」の発表会に過ぎず、「外部」の「事件」に対して無力なままなのであろうか。そうではない。現代美術とはそもそも、移りゆく現実世界という「外部」に対して、独自の関係性を持った「密室」であったはずである。現代美術は、「密室」であることによってこそ、ジャーナリズムともアクティビズムともアカデミズムとも異なるテリトリーを確保してきたのだ。

かつて、この国の前衛美術家たちは、現代美術という「密室」のなかで「事件」を起こすことを「直接行動ハプニング」と名づけた。果たして、新芸術校という「密室」のなかで「直接行動ハプニング」は起こるだろうか。

黒瀬陽平

参加作家

秋山佑太
五十嵐大輔
石野平四郎
磯村暖
伊藤允彦
今井久子
遠藤蘭子
甲斐千香子
小早川太子
小林太陽
Saito Kenji
佐藤碧紗
下山由貴
じょいとも
菅谷一貴
タゴチャン
中村紗千
長谷川晧大
北條奈美
森山亜希
Yaunkur Sekine
安本啓希
Yuka Watanabe
吉田無能
よひえ・よひえ

スケジュール

会期:2017年 2月 5日(日)~ 6日(月)
日時:2017年 2月 5日(日)13:00-17:00
2017年 2月 6日(月)13:00-20:00

ニコニコ生放送による講評会無料中継
2月 5日(日)20:00-21:30
審査員:会田誠、岩渕貞哉、堀浩哉、和多利浩一、黒瀬陽平
http://ch.nicovideo.jp/genron-cafe
※会場でのご観覧はゲンロン友の会上級会員に限らせていただきます。

アクセス

第1会場・ゲンロンカフェ

〒141-0031
東京都品川区西五反田1-11-9 司ビル6F
03-5719-6821 (ゲンロンカフェ店舗)
03-6417-9230 (ゲンロン事務所)

JR・都営浅草線・東急池上線五反田駅西口から徒歩3分
東急池上線大崎広小路駅から徒歩4分

五反田駅西口を出て左側(池上線寄り)の通りを大崎広小路方面に直進し、橋を渡った先にある「天下一品」「松屋」と同じビルの6Fです。

第2会場・ゲンロン カオス*ラウンジ五反田アトリエ

〒141-0022
東京都品川区東五反田3-17-4 糟谷ビル2F

JR・都営浅草線・東急池上線五反田駅西口から徒歩約8分


別途、北條奈美の展示&パフォーマンスが下記にて行われる

〒141-0032
東京都品川区大崎4-1-7 VACANCY OFFICE GOTANDA

JR・都営浅草線五反田駅 徒歩6分 JR・りんかい線大崎駅 徒歩6分
3DCGデータ出典: 国土地理院ウェブサイト
※立体地図データを元にjoytomoにて加工して掲載